2024年1月2日、羽田空港のC滑走路で、着陸態勢に入っていた日本航空(JAL)516便と、離陸滑走を待機していた海上保安庁の航空機が衝突しました。幸い、JAL機の乗員・乗客は全員無事でしたが、海保機の5人が死亡しました。
直接的な原因は、管制官と海保機の機長とのコミュニケーションミスのように見えますが、果たして、何が起こったのでしょうか。以下、当時を振り返ります。
(1) なぜコミュニケーションミスが起きたのか?
当日、羽田空港のC滑走路で、着陸態勢に入っていた日本航空(JAL)516便と、離陸滑走を待機していた海上保安庁の航空機が衝突しました。この事故の直接的な引き金となったのは、管制官と海保機との間のコミュニケーションミスです。
管制官は、滑走路手前の位置で待機するよう海保機に指示しました。しかし、海保機の機長は、管制官の「ナンバーワン」という言葉を離陸順位の1番と解釈し、これを離陸許可と誤認して滑走路に進入した可能性が高いとされています。
この誤認は、単なる聞き間違いではありません。滑走路進入前に管制官からの許可を求める交信をしたものの、管制官は許可を出さず、離陸順位を伝えただけでした。しかし、機長は「離陸許可を得た」という強い思い込み(確証バイアス)を持っており、不完全な情報から自分の思い込みを強化してしまったと考えられます。
(2) コミュニケーションミスだけではない真の原因
この事故を「コミュニケーションミス」として片付けることはできません。なぜなら、その背後には複数の原因が隠されているからです。
原因 ① ヒューマンエラーを前提としないシステム
管制官は海保機が滑走路に侵入していることに気づいていませんでした。これは、管制官が視覚確認に頼らざるを得ない状況であったこと、また、管制塔に設置された地上の航空機を監視するシステムが、JAL機の着陸を優先して滑走路への侵入を警告しなかった可能性が指摘されています。
人間はミスを犯すという前提に立ち、システムが二重、三重の安全策を講じる「フェイルセーフ」の思想が不足していたと言えます。つまり、ミスしてもトラブル・事故ゼロを実現する必要がありますが、この現場ではそれができていなかったわけです。
原因 ② 過酷な労働環境と心理的プレッシャー
羽田空港は非常に過密な管制業務を抱えています。また事故当時、前日の能登半島地震発生により海保機が緊急輸送任務に就いていたことも、双方に心理的なプレッシャーを与えていた可能性があります。
管制官とパイロット、それぞれが多忙な状況や重圧に置かれていたことが、コミュニケーションミスの発生を助長したと考えられます。
(3) テネリフェ空港事故との共通点と教訓
1977年にスペイン領テネリフェ空港で発生したKLMオランダ航空とパンアメリカン航空の航空機衝突事故で、両機の乗客乗員644人のうち583人が死亡するという史上最悪の航空機事故として知られています。この事故と今回の羽田事故には、いくつかの重要な共通点があります。
共通点 ① 思い込みによる判断ミス
この事故では、濃霧で視界が悪い中、KLM機の機長が管制官の曖昧な指示を離陸許可と誤認し、離陸を開始しました。羽田事故と同様に、パイロット側の強い思い込みが事故の引き金となりました。
共通点 ② コミュニケーションの不徹底
どちらの事故も、管制官の指示が明確でなかったこと、そしてパイロットがその指示を正確に復唱・確認しなかったことが問題となりました。航空管制における標準用語の使用と相互確認の徹底がいかに重要かを、両事故は示しています。
これらの共通点から得られる最大の教訓は、ヒューマンエラーは個人の不注意ではなく、思い込み、不確実なコミュニケーション、心理的プレッシャーといった複数の要因が重なって発生するということです。単なる「不注意」として片付けてはなりません。
(4) 類似トラブルの未然防止に向けて
このような事故を二度と起こさないためには、以下の対策を複合的に実施していく必要があります。
- 管制システムの強化 ⇒ 滑走路に進入する航空機を自動的に検知し、管制官とパイロット双方に警告を発するシステムの導入を加速すべきです。現在、羽田空港では「RWSL(滑走路侵入防止システム)」の整備が進められています。
- 管制交信の標準化と相互確認の徹底 ⇒ 国際的なルールに則った、曖昧さの生じない明確な管制用語の使用を徹底します。また、管制官とパイロット間の「確認会話」を強化し、すべての指示と応答を厳格に確認し合う仕組みを構築することが不可欠です。
- 安全文化の醸成と情報共有 ⇒ 航空管制や運航に携わる全ての関係者が、「ヒューマンエラーは必ず発生する」という前提に立ち、ミスを正直に報告し、その情報を組織全体で共有する安全文化を醸成することが重要です。これにより、小さなヒヤリハットが将来の事故を防ぐための貴重な教訓となります。
この事故は、航空機という高度な技術が支えるシステムにおいても、人間の心理やコミュニケーションがもたらすリスクを改めて浮き彫りにしました。技術と人間の両側面からアプローチすることが、真の未然防止につながる道と言えるでしょう。