聴く力 ⇒ 相手の要求を読み解く力

 トラブル・事故を防ぐ未然防止の実践には、相手の要求・真意を読み解くための「聴く力」が不可欠です。その「聴く力」をどう磨くべきかを具体的に考えてみましょう。

❶ 聴くだけでは不十分 ⇒  行動につなげてこそ意味がある

 「人の話をよく聴きなさい」という指導を受けたことがある方は多いでしょう。しかし、話を聴いただけでは、残念ながら事故やトラブルの未然防止にはつながりません。重要なのは、聴いて終わりではなく、聴いたことを実践に移すことです。

 

 たとえば、現場でヒヤリハットの声が上がったとき、その情報を「なるほど」と受け止めただけでは不十分です。その情報をどう活かすか、実際に現場の作業手順を見直す、再発防止策を検討する、社員教育に取り入れるといった具体的な行動へ移さなければ意味がありません。

 

 知識としてインプットしたことを、現場で実際に試して改善する。知識の習得(Input)と経験(Output)の循環こそが、聴く力を未然防止に活かす最大のポイントです。

❷ 相手の要求を正しく読み解く ⇒ 読解力と理解力の重要性

未然防止を阻む大きな要因の一つが「コミュニケーションギャップ」です。言葉を聴いていても、相手の意図が誤解されたまま伝わらず、結果としてミスが繰り返されるケースは後を絶ちません。

 

 たとえば、作業現場の班長が「今月中に手順を改訂しておいて」と言ったとします。この言葉だけを鵜呑みにすると「書類を作れば良いのか」と誤解する人が出るかもしれません。

 

 しかし、班長が本当に伝えたかったのは、「改訂した手順を周知して、作業者が正しく動ける状態にすること」だったとしたらどうでしょう。目的と手段がズレると、事故の芽は摘めません。

 

 聴く力には、言葉の奥にある「相手が何を求めているのか」を読み解く読解力が必要です。相手の立場や状況を想像し、確認しながら聴く姿勢が、未然防止の質を高めます。

❸ 「質問ゼロ」は危険信号 ⇒ 質問する勇気が安全文化をつくる

「何か質問はありますか?」と尋ねても誰も手を挙げない会議は多いでしょう。しかし、これは決して理解が深まった証ではありません。むしろ、質問が出ないのは、聴き手が本当は理解していないか、意見を言いにくい空気が職場にある場合がほとんどです。

 

 日本では「質問をする=理解していないと思われる」と受け取られる風潮があります。しかし、グローバルビジネスの現場では、疑問点を残したまま黙っているほうが大きなトラブルにつながると考えられています。

 

 もし指示に矛盾を感じたり、理解に自信がなかったりする場合、質問して確認するのが責任ある行動です。また、異論があればきちんと発言すること。沈黙は賛同の証と受け取られてしまうため、黙っていることが後々大きな誤解を生むのです。

 

 未然防止においては、「質問ゼロ」は安全文化の未成熟を表す危険信号だと考えましょう。

❹ 「聴く力」を鍛えれば、組織が変わる

聴く力は、個人のスキルのように思われがちですが、組織全体で意識して磨くべき力です。たとえば、ある製造業の現場では、ベテラン作業員の暗黙知を若手に引き継ぐ際に、若手が「分かったつもり」で聞き流すことが大きなトラブルにつながりました。

 

 そこで、「必ず質問を1つする」ルールを設けたところ、ベテランが伝えきれなかった重要ポイントが浮き彫りになり、未然防止の質が飛躍的に高まったのです。

 

「聴く力」は単なる情報収集ではなく、相手の言葉をどう受け止め、行動につなげるかを考える総合力です。そして質問や対話を通じて、チームの信頼関係も深まります。

 

 特に、上司が部下の話をただ「聴く」のではなく、「一緒に改善策を考える」という姿勢を示すことで、現場のコミュニケーションは格段に活性化します。

≪まとめ≫

 未然防止を「机上の空論」で終わらせないためには、現場の声を聴く力が不可欠です。そして、聴くだけでなく、聴いたことを行動に移し、理解を確認し合い、コミュニケーションギャップを埋めることで、組織の安全文化は育ちます。

 

 聴く力を磨き、質問を恐れず、対話を重ねる。その積み重ねが、トラブル・事故ゼロの職場を実現する未然防止の土台になるのです。